神奈川新聞に掲載されました(J2言語力活用講座)


掲載日:2022.05.06

神奈川新聞に掲載されました(J2言語力活用講座)

昨年度末、J2(中学2年生)の言語力活用講座の授業において、神奈川新聞への投書に取り組みました。すると、連日のように本校生徒の投書が掲載され、計11名の投書が掲載されました。

この言語力活用講座は、日本語力の育成に特化した授業です。完成した意見文などをクラスや学年で共有することはあっても外部へ発信する機会がなかなかもてませんでした。
今年度も新聞への投書を一つの方法として、10代の声を世の中へ伝えていきます。

こちらでは、掲載された作品を紹介いたします。

顔見せるのが恥ずかしい(3月23日掲載)
コロナ禍でマスクを使う機会が増えましたが、マスクを着けることが平気な人と、嫌な人がいます。僕の考えは、正直どちらか分かりません。僕は眼鏡をしているので、マスクのせいで眼鏡が曇っていちいちレンズを拭かなくてはならず、そのときは面倒だと思います。一方で、僕は中学校に入ってからずっとマスクをしているので、いざコロナ禍が収束してもマスクなしで生活するのはちょっと恥ずかしい気持ちになります。
自分の感染防止のために、周りに迷惑をかけないようにするためにも、マスクを着けることは必要です。しかし世界中でマスクの消費量が増えることで、環境に問題をもたらすのではないかと少し未来が心配です。
テレビや映画を見ても「何でマスクを着けていないの」と疑問に思ってしまうくらい、マスク生活に慣らされていることを実感しています。コロナ禍は早く終わってほしいけれど、マスクなしの生活を再開するとなると、やはり顔を見られることが少し恥ずかしいかなと思います。

電車で本読む人に親近感(3月24日掲載)
学校での登下校中、周りを見渡すと乗客のほとんどがスマートフォンの画面を見つめている。ごく少数、スマホを使っていない人もいるが、その中でも特に少ないように思えるのが本を読んでいる人だ。電子小説ではなく、紙の本だ。
そういう人たちを見ていると、憧れに似た感情を持つことがある。たくさんいる乗客の中で本を読んでいる人の姿を見つけると、時代に流されないようなかっこよさを感じるのだ。
私も普段はスマホを使用していることがほとんどだが、時折気が向くと本を読むようにしている。もともと読書は好きだし、とにかくかっこいいからだ。さらに時間を有効活用できたような気がして、とても気分が良くなるからだ。
同じ車両で本を読んでいる人を見掛けると、自然と親近感が湧き、仲間を見つけたような気分になれるのも面白いポイントだ。学校の行き帰りという短い乗車時間ではあるが、その時間で本を読んだり、仲間を探したりしてみる。それが最近の私の小さな楽しみである。

「戦争しない」ずっと続けて(3月25日掲載)
ロシアとウクライナの戦争が始まってしまった。これまでも大きな戦争はあったが、それを経験した日本は「絶対に戦争をしない」と決めた。日本と戦った国もたくさんの死者や負傷者が出た。それなのにまた戦争を始めてたくさんの犠牲者を出すなんて、本当におかしいと思う。
今回の戦争がなんとか終わったとしても、また何も学ばずに次の戦争が始まる気がして、気が気ではない。日本も戦争に加わるように誘われたらどうしたらいいのか。日本は絶対に戦争をしないと決めたのだから、それをずっと続けてほしい。

振り返りで毎日生き生き(3月26日掲載)
私には数カ月前から、一日の楽しかったことを毎晩振り返るという習慣があります。小さい頃から寝る前に日記を付けていますが、最近は一日に書く分量が昔よりも多くなった気がします。その日新しく体験したことなど、書きたいことがたくさんあるのです。
この振り返りを始めたのは、いつもニコニコしていて明るくて、私が本当に憧れている人からの影響でした。
その人が「毎日楽しかったことや新しく発見したことなどを、自分の日記に書いている」と言っていたのをきっかけに私もやってみようと思いました。
いざやってみると、思ったよりも日記に書きたい出来事が多くて、いつの間にかたくさんのページを使った日もありました。そうしているうちに、自分が気付いていなかっただけで、楽しいこと、やりたいことで毎日生き生きしていて「幸せだな」と思えるようになりました。自分でそう自覚できたことで、毎日がより楽しくなった気もします。これからも継続できるように頑張ります。

思いを巡らす時間が好き(3月27日掲載)
私はよく、外を見てぼーっとしているときがある。両親から「どこ見ているの?」と声を掛けられる。実際はただぼーっとしているだけではなく、いろいろなことに思いを巡らせているのだ。
何を考えているのかというと「今日はどこでどんなことが起こっているのだろう」「今、私と同じことを考えている人はいるのかな」などだ。外を見ているとしんみりした寂しい気持ちになるが、そのぼーっとしている時間がなぜか好きなのだ。
最近、一番頭に浮かぶのは戦争についてだ。私たち国民は平和な日々を過ごしているが、さまざまな国で内戦が起きているとよく耳にする。私と同世代の子も内戦に巻き込まれていると思うと心苦しくなる。全世界に平和な日々が訪れるといいなと思う。だが、そんな簡単なことではないというのは分かっている。
こんなふうに周囲からぼーっとしているように見られても、私の頭の中では思考がどんどん広がっている。全世界の人はそのとき何を考えているのだろうか。一度でいいから他の人の頭の中をのぞいてみたい。

マイナスばかりではない(3月31日掲載)
コロナ禍の今、マスクは必要不可欠なものになりました。着用が当たり前になり、私たちの生活にさまざまな影響を与えています。
マスクは会話や咳による飛沫を防ぐためのものであり、着用は「お互いに新型コロナウイルスの感染を抑制するため」といわれています。見方を変えれば、一種の「思いやり」です。
私が他人のことを思ってマスクを着け、他人が私たちのことを思ってマスクを着ける。マスクによって他人を思う心が育まれたと思います。
確かにマイナスのこともあります。マスクを着用して口元が隠れることによって、相手がどのような表情をしているのかが分かりにくくなってしまいました。
今後も感染拡大が収まらない限り、マスクを外す生活は訪れません。でも、マスク着用を続けることで見直せることや気付くことはいっぱいあるはずです。
マスクとの生活をマイナスに考えるのではなく、マスクとの生活があったから見いだせたものを考えていきたいと思います。

家事の大変さ 気付き反省(4月1日掲載)
最近、両親に怒られました。私が家庭の用事を全くしなかったからです。「他の中学生はみんなやっている」などと言われ、少しうるさいと思ってしまいました。しかし両親の本当の考えは「一人暮らしをしたときに何もできないと困る」ということらしいのです。
私はその言葉に納得して、行動を変えました。まず、家に帰ったらお風呂を掃除して米を炊き、夕食の後は食器を洗浄機に入れ、朝食の米を炊くことを実行しました。正直、簡単にできると思っていました。しかし、大変でした。
食器は油でベトベトしていて、落とすのに苦労しました。お風呂はこすってもこすっても汚れがなかなか落ちません。さらに「宿題があるのに面倒くさい」と思ってしまい、なかなか始めることができませんでした。
でも、母は今までそれらのことを毎日、文句を言わずに行っていたのです。私は自分の考えの甘さに気付いて、少し後悔しました。これからは、習い事で遅く帰る日以外は、なるべく両親の手伝いをしようと決心しました。

「身長伸ばしたい」焦る私(4月4日掲載)
中学生の私は、他の人と比べると身長が低い方だ。最近、自分と同じくらいだった身長の人も伸びてきて焦っている。できる努力はしようと思い、可能な限り牛乳などでタンパク質を取ることを意識するようになった。もちろん、タンパク質を取れば必ず身長が伸びるというわけでもない。牛乳を1日当たり1㍑飲んでも伸びない人もいれば、飲まなくても伸びる人もいる。あくまでも牛乳は成長を助けるもので、身長を伸ばせる秘密道具ではない。
他にも、「十分な睡眠が身長を伸ばしやすくする」と知り、私はできるだけ早く寝るようにした。午後10時半すぎにはスマートフォンを見るのをやめて、11時にはベッドに入る。
しかしこんな日もあった。早く寝ようと目をつぶったが、まるで寝られない。「身長が伸びない」と焦る私。そのままなかなか寝付けない。何かしようとすればするほど、目的を達成できないということはよくある。焦らずにいつかは身長が伸びると思って、ゆっくり待って見るのもいいかもしれない。

何が幸せ 知ることが大切(4月8日掲載)
私は今、貯金することに夢中です。コロナ禍で自然とお小遣いを使う機会が減り、気が付けば貯金が増えていたことがきっかけです。
買い物をしてお釣りに500円玉があったら貯金。お年玉も貯金しました。さらにその日使った金額やたまった金額をノートに書き、常に自分で把握できるようにしました。今の状況を目に見える形にすることでモチベーションが上がります。「半年でこのくらいためよう」と計画を立てるのも楽しみの一つです。
ただ、今は額が増えるのを眺めるだけで、「ためたら何に使う」といった目的がありません。目標額に達しても、また次の目標額を決めて貯金することの繰り返しで、何かを達成できたという充実感がありません。
お金があると人生が豊かになると思います。でも「お金を持っていること自体は心の豊かさとは関係ないのかもしれない」と思うようになりました。何をするときが幸せで、何を手に入れた時が楽しいのか、自分を知ることが大事なのだと思いました。

在宅やマスク終わらないで(4月14日掲載)
コロナ禍のご時世で、ニュースを見ていて「ずっと家にいるなんて耐えられない」と言っている人を見たことがあります。その時、私は「家にずっといられるなんて、こんなに最高なことがあるのに外に出たいの?」と思いました。私は、家から出たくないという日がよくあります。他人に自分の顔を見られるのがとても嫌いだからです。小学生の頃は風邪をひいてもいないのに、マスクをして顔を隠して学校に行くほどでした。
それが今や、マスクは必需品です。着けていても何とも思われません。逆に「マスクを着けていないことがおかしい」とまで思われています。
コロナ禍は早く収束してほしいと思います。ただオンライン授業やマスク生活がなくなってしまうと思うと、収束してほしくないという気持ちもあり、私の心は複雑です。

マスク生活で新しい気付き(4月21日掲載)
マスクが生活の必需品になってはや2年。中学に進学後、新型コロナウイルス感染予防のためマスクを着け続けている。昼食の時間だけ外せるが、前を向いての「黙食」のためクラスメート全員の素顔はよく知らない。 少し気になる子ができてもマスク姿しか見たことがないから、外したときの本当の素顔に期待が膨らむ。現実はその逆もあるかもしれないが、自分も「残念だった」と思われているかもしれない。なんとも嫌な時代だ。
マスクを着けているので、会話から相手の気持ちを理解するように意識していたら「本当に大事なのは見た目ではなく、内面、心なんだな」と新しい気付きがあった。その点ではマスク生活に感謝したい。