校長のつぶやき(94)「ひたすらに求める中で見出すもの」 (2024年度始業式 式辞抄)


掲載日:2024.04.10

未来からこの時代を振り返るとき、今年2024年は特別な年として位置づけられると思います。働き方改革関連法案が大企業に適用された2019年からずっと呟かれてきた「2024年問題」。これは特定業種の労働力不足という狭い意味での捉え方ではなく、2024年が、日本が高度な社会を持続させるための「国内環境の方向転換の年」として捉える方が適切だろうと思うのです。

日本はこれまで世界にも珍しい「技能実習生制度」で長い間、海外からの方々の力を人権軽視で搾取する状態でした。それが、2019年から2024年までに入国管理法が徐々に変わり、「海外からの人材に積極的に依存する時代の到来」を迎えたと、未来の視点から見なすべきでしょう。これから先は、これまでの大人たちが全く経験したことのない変化に包まれていきます。

ですから、勉強や学びはアカデミック・スキルやコミュニケーション・スキルを高めることを土台にしながらも、「学び」を社会に結んで考え、幅広い知識に対する好奇心を強くし、視野を将来に延ばして考えることがこれまで以上に必要になります。この観点が学校の学習姿勢の中で大事で、同時に、何かを探究する姿勢が大切です。

そのために、主体的に動くこと、自ら発見しに外へ行くこと、何かに出会いに行くこと、そして、気づくこと、その準備のために予め深く学ぶこと。未来を見つめて、ひたむきで、純粋に、世界を大きく捉えた主体的な努力が必要です。こういう学び方がグローバル・スタンダードで、学び方でのグローバル・スタンダードを考えてほしいと思います。

「紅麹」が大きな社会問題になっています。

紅麹を作る工程で「青カビ」が発生したか、混入したかと騒がれていますが、私がいまこの例を挙げるのは意見することが目的ではありません。むしろスケープゴート的な騒ぎはICT、SNSの時代だからこそ、SNSリテラシーやデジタル・シチズンシップの観点からも、軽々しいマスコミの報道の前に疑問を持つべきと言いたい。どこでも生える青カビでしょう。あくまでも青カビの話のきっかけとして取り上げたということを、誤解のないように予め強く断っておきます。

要は、青カビの作る「プベルル酸」からの注目です。青カビが作り出す物質の「プベルル酸」は新しいマラリアの治療薬、一つの抗生物質として注目されています。ただ、同じく青カビが作り出す物質からは、約100年前、人類初の「抗生物質」である「ペニシリン」が作られました。そのペニシリンの発見のストーリーに、ひたむきさの重要性やひたむきであるが故の運命との出会い・・という可能性を、例として入学式で取り上げました。

発見した人は、イギリス人医師のアレクサンダー・フレミング博士です。フレミング博士は従軍医師として負傷した兵士の治療を担当していました。負傷した兵士の多くが治療のかいもなく亡くなるのです。銃弾や爆弾の被弾の怪我が直接の死因ではなく、傷口から入った細菌による感染症での死でした。その当時の治療は、傷口の洗浄と消毒です。当時の銃弾などによる消毒には強力な石炭酸が使われていました。石炭酸は高校3年生で化学を学習した人は分かると思いますが、炭素が6つで作る輪、「ベンゼン環」に水酸基が1個結合した物質です。タンパク質を壊す作用を持っていて強い毒性があり消毒薬として使われていましたが、有効な薬ではなかったようです。フレミング博士は細菌感染で死んでいく様子を見て、細菌によく効いて身体には有害ではない薬をつくりたいと思ったわけです。

第一次世界大戦が終わって、博士は真剣に細菌の研究を始めました。1918?19年頃です。その後10年近く研究が続きましたが、その中で偶然に「ペニシリン」を発見したのです。1928年です。フレミング博士は、培養している「ブドウ球菌」のシャーレの中に、ある日、青カビが生えたのを発見します。青カビは次第に大きくなり、青カビの周囲ではブドウ球菌の塊が溶けていることを発見します。・・・・・・中略・・・・・・その後、青カビが作り出す成分の実験が繰り返され、発見から12年後、1940年に薬として発表されました。ペニシリンの大量生産を可能にした2人の科学者と一緒に1945年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

第二次大戦ではペニシリンで多くの戦傷兵が救われました。その当時、かかると多くの人が亡くなる肺炎や破傷風、急性気管支炎などにもペニシリンは圧倒的に有効で、人類を救った奇跡の薬と呼ばれ、人類初の「抗生物質」となったわけです。

細菌の培養実験開始から、青カビのペニシリン成分の発見までおよそ10年。それから薬として販売されるまで12年、合わせるとざっと22年。

この話、要点は言うまでもありません。何かを探究している時に、偶然かもしれないけれども凄い発見をする。でも、それは偶然でも単なる偶然ではない。一生懸命に何かを求めている中で、それに関係する大きな発見がある、出会いがあるという例です。

皆さんに新学年の新学期に伝えたい。それは、ただただ、ひた向きに、純粋に、努力を重ねて、何かに取り組んでいる時に、偶然に何かに出くわすことがある。それは偶然なのだけれども単なる偶然ではない。一生懸命に何かを求めている中で遭遇するある意味では必然のような偶然なのだということです。ただ、ペニシリンの話は、時間も膨大で科学者の特別な例でしょう。

しかし、私は、皆さんに言いたい。何事も成長の途中である皆さんを、学びの途上にいる皆さんを、途中・途上であるがゆえにインスパイヤーしたい、鼓舞したいと思います。

楽しく充実した学校生活を送ってほしい。しかし同時に、何かをひた向きに求めてほしい。そのために動くこと、発見しに外へ行くこと、出会いに行くこと、そして、気づくこと、その準備のために予め深く学ぶ、どん欲に追求する。これが大切です。実は「進路」もそうして開けることもあります。全く予想していなかった進路が開けることがある。そういう例は少なくない。

皆さんの先輩の中にもいます。つい数年前の卒業生です。医療関連の仕事に就きたいと考えていたその先輩は、英語が得意だったので英語の研修と兼ねて、アメリカのNPOが実施する、アメリカの高校生向けの「アフリカの医療支援体験ツアー」に日本からの高校生として参加しました。選択制グローバル研修の代替研修となりました。出発の半年前から何種類もの感染症予防のワクチンを打ち、アフリカの現地に一人で飛んで行き、アメリカの研修チームに合流しました。

さて、研修を終えて帰国しました。長い話を結論まで短くしますが。彼女の医療スタッフになりたいという気持ちが好奇心を焚きつけアフリカまで飛んでいかせた。すると、ひたすらで、熱心なその態度を、ガラリと変える強い気づきがあった。それは、当たり前すぎるかもしれませんが、安全な水の供給が「鍵」だ、医療という対処法ではなく根本からの対策だ!という強い気づきとの出遭いだったのです。

もはやそれは新たな発見でした。帰国して進路を即座に変えます。受験科目が増える・・・受験の準備に十分な時間はあまりありませんでしたが頑張りぬきました。国立大学の工学部、水の供給を学ぶ学部への進学を勝ち取りました。

私は今も感動しています。そして、六浦中・高に、主体的な学びや活動の環や支援があることを誇りに思います。

何かをひた向きに求めてほしい。そのために動くこと、発見しに外へ行くこと、出会いに行くこと、そして、気づくこと、その準備のために深くしっかり学ぶ、どん欲に追求する。新学期です。新学期の挨拶とします。

追記: 最後に報告です。選択制グローバル研修の北陸研修に参加した生徒のグループ活動の成果が、富山県の観光をPRする県庁の担当の方の気持ちを動かしたという知らせが速報として届きました。詳細は後日、期待です。

富山県PR動画『海と山』予告編(富山県公式チャンネルより)